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用語集(詳細説明)

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抗血小板療法と観血的処置
 

解説

【はじめに】
 手術・処置の現場では抗血栓薬の取扱いにまつわるトラブルが大小含めて日常茶飯事となっており、院内コンセンサスに基づいた取扱い方の取り決めが必要とされている。一定の取り決めの範囲内で対処が完了すると思われる一般的な症例に対し「院内取扱い規約通りで」行うことを確認することで、職員周知の方法に従って確実に行うことの出来るメリットがあり、また相談を受けた処方医、専門各科の意見のばらつきも少なく押さえることが出来ると期待される。図1に名古屋大学医学部附属病院で2008年以降整備(2014年に改訂)している「抗血栓療法中の患者に対し、名古屋大学医学部附属病院において検査・処置・手術を行う際の抗凝固薬・抗血小板薬の院内取扱い規約,以下、規約」の考え方を示す。ただしこの取扱い規約は、個々の症例に対する担当医・処置医の判断に優先するものでは決してなく、担当医、処方医双方が、もしくは担当医が本規約に従って運用すると決定した場合にのみ、適用されることが望ましい(図1)。

【抗血栓薬の作用と取扱い】
抗血小板薬の種類と作用機序

 臨床的に重要な抗血小板薬として、1.ホスホジエステラーゼ(PDE)を阻害するシロスタゾールジピリダモール、2.血小板のトロンボキサンA2 (TXA2) などによる血小板凝集を抑制するアスピリン、3.血小板アデノシン二リン酸(ADP)受容体(P2Y12)を阻害するチエノピジン系のチクロピジン、クロピドグレルがある。

抗血小板薬の中止時期
 INRにより薬効評価を行えるワルファリンと異なり,抗血小板療法の薬効評価は一般的ではない。抗血小板療法の対象とされる疾患、例えば心筋梗塞症例などでは,抗血小板療法を中止、中断により施行しなかった場合の血栓症発症率は一般的に低いとされている[1]。しかし人種差を考えると日本人における出血の危険性については議論の余地がある。通常抗血小板薬は血小板に直接作用し、原理的には血小板の寿命(10日)まで作用は続くと考えられることからシロスタゾール等を例外として服用を中止してもその作用は不可逆性であるとされており、7-10日間の休薬が推奨されている[2]。しかし正常日本人男子に抗血小板薬を投与した研究の結果によるとアスピリン(100mg/day)投与では3日間の中止後,チクロピジン(300mg/day)投与では中止5日後,両者同時投与例では7日後には出血時間や血小板凝集能がほぼ正常化したという[3]。実際血小板のturn overについては不明な点も多く、かつて多くのガイドラインが低用量アスピリン投与患者の中止期間として設定している7日間は経験的にもかなり安全域を広くとったとも考えられる。
 日本消化器内視鏡学会ガイドラインは2005年の旧版[4]以降、アスピリンの急薬期間については3-5日間としてきた。本取扱い規約2008年版では7日間としてきたが、既に3-5日間の休薬期間が定着し、実臨床上の安全性も広く確認されていると考えられることから、出血リスクの低い処置・手術では3-5日間として差し支えないと考えられる。
 一方チクロピジンの添付文書や適正使用情報には手術の10~14 日前に投与を中止する事と記されている。欧米のガイドラインにおいてもアスピリンや「他の」抗血小板薬を手術の7 日前に中止するように以前は記されていた[5, 6]。これに対して日本消化器内視鏡学会は2005年以降も「5日間の休薬でも出血性偶発症が増加したという報告は見られていない」との理由で5~7日間としている。
 またシロスタゾールの作用は濃度に依存し可逆性であり,通常48時間以内には体外へ排出される[7]。以上をふまえ、名古屋大学の規約では抗血小板薬の中止時期をアスピリン3-5日、チクロピジンは5-7日前に、シロスタゾールは3 日前に中止することとしている。もちろん、各薬剤の休薬期間については目安であり、担当医の裁量により適宜増減できるとおもわれ、特に出血リスクの高い手術においては長めの休薬期間をとることを妨げないほうがよい。

代替抗凝固療法(bridging anticoagulation)としてのヘパリン置換の利用
 名古屋大学の規約では抗血小板療法の代替抗血栓療法として抗血小板療法を行っている病態のリスク(表1により定義)において高リスクの病態に対してヘパリン置換を推奨しているが、これについては明白な科学的根拠が不足している。ヘパリンはあくまでも抗凝固薬であって抗血小板薬の薬理作用を代替することはできない。しかしながら抗血小板療法によって日常予防が行われることの多い動脈系血栓症(冠動脈血栓症、脳動脈血栓症など)の急性期治療において、ヘパリンは日常使用され一定の効果が多くの臨床的経験として共有され安全な処置・手術の遂行に寄与していることは否定できない。このことから、少なくとも抗血小板療法により血栓症発症が予防されている患者において、薬剤を中断した場合血栓症の発症を短期間抑制する効果はあると考えられる。

図表

図1.取扱い規約運用の原則

図1.取扱い規約運用の原則

表1.抗血小板療法を必要とする血栓症病態のリスクの分類

表1.抗血小板療法を必要とする血栓症病態のリスクの分類

参考文献

1) Stein PD, Alpert JS, Copeland J, Dalen JE, Goldman S, Turpie AG: Antithrombotic therapy in patients with mechanical and biological prosthetic heart valves. Chest 102: 445S-455S, 1992.

2) Baron TH, Kamath PS, McBane RD: Management of antithrombotic therapy in patients undergoing invasive procedures. N Engl J Med 368: 2113-2124, 2013.

3) Komatsu T, Tamai Y, Takami H, Yamagata K, Fukuda S, Munakata A: Study for determination of the optimal cessation period of therapy with anti-platelet agents prior to invasive endoscopic procedures. J Gastroenterol 40: 698-707, 2005.

4) 日本消化器内視鏡学会リスクマネージメント委員会,小越和栄,金子榮藏,多田正大,峯徹哉,芳野純治,矢作直久,後藤信哉:内視鏡治療時の抗凝固薬,抗血小板薬使用に関する指針,Gastroenterol Endosc 47:2691-2695,2005.

5) ASGE Standards of Practice Committee, Anderson MA, Ben-Menachem T, Gan SI, Appalaneni V, Banerjee S, Cash BD, Fisher L, Harrison ME, Fanelli RD, Fukami N, Ikenberry SO, Jain R, Khan K, Krinsky ML, Lichtenstein DR, Maple JT, Shen B, Strohmeyer L, Baron T, Dominitz JA: Management of antithrombotic agents for endoscopic procedures. Gastrointest Endosc 70: 1060-1070, 2009.

6) Douketis JD, Spyropoulos AC, Spencer FA, Mayr M, Jaffer AK, Eckman MH, Dunn AS, Kunz R; American College of Chest Physicians: Perioperative management of antithrombotic therapy: Antithrombotic Therapy and Prevention of Thrombosis, 9th ed: American College of Chest Physicians Evidence-Based Clinical Practice Guidelines. Chest 141: e326S-50S, 2012.

7) Yasunaga K, Mase K: Antiaggregatory effect of oral cilostazol and recovery of platelet aggregability in patients with cerebrovascular disease. Arzneimittelforschung 35: 1189-1192, 1985.

引用文献

著者

松下 正 (名古屋大学医学部附属病院輸血部)

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