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震災(災害)と深部静脈血栓症(DVT)
deep venous thrombosis

解説

【概要と疫学】
 災害後に深部静脈血栓症 (deep vein thrombosis;DVT) 及び肺塞栓症 (pulmonary embolism;PE) (参照:静脈血栓塞栓症(VTE))が増加することは2004年に発生した新潟県中越地震後の車中泊避難で明らかになった。このときは約5万人の被災者が車中泊を行い、窮屈な姿勢で長時間いたことから肺塞栓症が多発し少なくとも6人が死亡した(1)。この教訓から後の地震では車中泊は減り肺塞栓症による死亡の報告も少なくなった。しかし2007年に発生した能登半島地震と新潟県中越沖地震では車中泊を経験していない避難所被災者でもDVTが多発していた(2)。さらに2008年に発生した岩手・宮城内陸地震では避難所環境によりDVT頻度が異なり、仮設住宅でもDVTの危険性があることが示唆された(3)。そして2011年3月に発生した東日本大震災は未曾有の大災害であり、これまで経験したことがない被災となり環境の厳しい避難所が多数ありDVTの発生が危惧された。そのため各地の避難所で下肢静脈エコー検査が行われ、いずれの場所でもDVTが多く見つかった(4,5)。特に津波被害が大きい場所の避難所や山の上にある不便な避難所で多かった。これらのことから、災害後では車中泊だけでなく避難所や仮設住宅でも危険性がある、すなわち避難生活そのものにDVTの危険性があると考えられるに至っている。また新潟県中越地震後の被災地住民の長期的下肢静脈エコー検査結果では震災後8年経過しても地震が無い地域よりもDVTが多く(6)、新潟県中越沖地震でも震災後7年が経過しても未だ多く見つかっている。さらに東日本大震災被災地では仮設住宅団地でDVTが年々増加している。以上のことから災害後では頻度の差はあるが避難形式に関係無くDVTの危険性が増大し、長期間遷延しやすいと考えられた。

【原因】
 避難生活では以下のようにウィルヒョーの三徴が揃いやすいこと(参照:静脈血栓形成機序)、また症状が無い(少ない、災害後の興奮で気づかない)ことが考えられる。1)災害後は避難所に人が多く集まり窮屈な姿勢で長時間じっとしていることが多いことから血液うっ滞が起きやすい。2)災害後はライフラインが途絶し水分・食料不足から脱水になりやすい。また震災の恐怖から交感神経活動が亢進し易血栓性となりやすい。3)災害では避難する際に足のケガ、特に知らないうちの打撲が多い。足のケガや打撲は炎症や血管内皮傷害を起こす。こうしたことが重なってDVTが発生し易くなる。さらにDVTは下腿静脈から発生し初期症状が少ないことから治療が遅れ、または治療されないことから遷延する原因になると考えられる。

【対策】
 一般住民に被災地と同じように下肢静脈エコーを希望者に行うと4%程度に下腿静脈のDVTが見つかることから(7)、平時では症状が無い限り治療は不要かもしれないが、災害後では長期にわたって異常な環境が続くことからDVTが悪化し、より遷延しやすくなる可能性があり少なくとも弾性ストッキングの着用によるDVTの治療・進展予防は必要と考えられる。そのため被災地の下肢静脈エコ-検診では被災者への弾性ストッキングの配布・着用指導を行うことが多くなっている。さらに新潟県中越地震被災地では震災後にDVTを発生した人でその後に肺塞栓症、脳梗塞、心筋梗塞などの罹患が多くなっている(1,6)。まだこの原因は不明であり今後さらなる検討が必要であるがSorensenらはデンマークのDVT及びPE罹患者を20年追跡したところ脳・心血管イベントがどちらも有意に多いことを報告し(8)、さらに30年追跡したところ死亡率が高いことを報告している(9)。この追跡対象患者はすべて入院患者であり十分な治療をされていたことから、残存しているとすればおそらく下腿静脈、主にヒラメ筋静脈血栓であると推測される。したがって被災地で多く残存しているヒラメ静脈血栓も危険となる可能性があって定期的な検査が必要であると考えられる。最後に欧米との比較であるが、第二次世界大戦中の1940年にロンドン大空襲が数ヶ月続いたため防空壕が間に合わず自然発生的に地下鉄駅構内が避難所となった。ロンドンの地下鉄はtubeと呼ばれるように狭いため結果的に日本の避難所と同じような雑魚寝の避難所ができ、最大17万人が雑魚寝で避難した。その結果、1940年には前年比の6倍のPEによる死亡が剖検で確認されLancet誌に報告された(10)。これを重く見たロンドン市と英国政府は翌年に20万台の簡易ベッドを地下鉄駅構内の避難所に設置したところ、その後にPEの発生増加は認められなくなった。欧米ではベッドで寝る文化的背景から避難所でもベッドを使用すると考えがちであるが、こうした教訓がシステムとしていかされていると考えるべきである。したがって日本でも布団で寝るという文化的背景を超えて一刻も早くDVT予防のために避難所に簡易ベッドを設置すべきと考えられる。

図表

参考文献

1) 榛沢和彦:「災害と静脈血栓塞栓症」,石丸新編集,新しい診断と治療のABC 86,循環器14,静脈血栓塞栓症,下肢静脈.最新医学社,2014,102-111.

2) 榛沢和彦:「中越沖地震におけるDVT頻度」. Therapeutic Research 29(5):641-643,2008.

3) 榛沢和彦,岡本竹司,佐藤浩一,林純一,山村修,伊倉真衣子,柴田宗一,小泉勝:「岩手・宮城内陸地震のDVT頻度:避難環境との関連」,Therapeutic Research 30:572-574,2009.

4) Ueda S, Hanzawa K, Shibata M, Suzuki S: High prevalence of deep vein thrombosis in tsunami-flooded shelters established after the great East-Japan earthquake. Tohoku J Exp Med 227: 199-202, 2012.

5) M Shibata, K Hanzawa, S Ueda and T Yambe: Deep venous thrombosis among disaster shelter inhabitants following the March 2011 earthquake and tsunami in Japan: a descriptive study. Phlebology 10: 1-10, 2013.

6) K Hanzawa, M Ikura, T Nakajima, T Okamoto, M Tsuchida: Pulmonary Embolism or Ischemic Stroke Increase 8-Year after Mid Niigata Prefecture Earthquake 2004 in the Residents with Asymptomatic Below-The-Knee Deep Vein Thrombosis. International Angiology vol 32 suppl 1 to No 5: 78, 2013.

7) K Hanzawa, S Matsuoka, H Takahashi, H Takekawa, M Tsuchida, T Nakajima, M Ikura: Frequency of Below-The-Knee Deep Vein Thrombosis in Japanese Residents: Control Study for Residents in the Area Without Earthquake. International Angiology vol 32 suppl 1 to No 5: 56, 2013.

8) Srensen TH, Horvath-Puho E, Pedersen L, Baron JA, Prandoni P: Venous thromboembolism and subsequent hospitalisation due to acute arterial cardiovascular events: a 20-year cohort study. Lancet 370: 1773-1779, 2007.

9) Kobbere Sgaard K, Schmidt M, Pedersen L, Horvth-Puh E, Toft Srensen H: 30-year mortality after venous thromboembolism: a population-based cohort study. Circulation 130(10): 829-36, 2014.

10) Simpson K: Shelter deaths from pulmonary embolism. Lancet ii: 744, 1940.

引用文献

著者

榛沢 和彦 (新潟大学大学院呼吸循環外科)

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