静脈血栓症/肺塞栓症部会
肺血栓塞栓症/深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)予防ガイドライン

1.わが国における静脈血栓塞栓症の予防ガイドライン作成・発行

■ Contents
本ガイドラインの解釈に関する重要な留意事項 …………………………………153
用語および略語の解説 ……………………………………………………………154
本ガイドラインの対象となる患者および病態 ……………………………………154
本ガイドラインの実施方法 …………………………………………………………154
静脈血栓塞栓症の予防法 …………………………………………………………156
静脈血栓塞栓症予防と局所麻酔 ……………………………………………………159
一般外科手術における静脈血栓塞栓症の予防 ……………………………………160
泌尿器科手術における静脈血栓塞栓症の予防 ……………………………………161
婦人科手術における静脈血栓塞栓症の予防 ………………………………………162
産科領域における静脈血栓塞栓症の予防 …………………………………………163
整形外科手術における静脈血栓塞栓症の予防 ……………………………………164
脳神経外科手術における静脈血栓塞栓症の予防 …………………………………165
重度外傷,脊髄損傷,熱傷における静脈血栓塞栓症の予防………………………166
内科領域における静脈血栓塞栓症の予防 …………………………………………167


肺血栓塞栓症/深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)予防ガイドライン作成委員会

参加学会・研究会
日本血栓止血学会
日本産科婦人科学会
日本産婦人科・新生児血液学会
日本集中治療医学会
日本静脈学会
日本心臓病学会
日本整形外科学会
日本泌尿器科学会
日本麻酔科学会
肺塞栓症研究会

作成委員 (は実務委員)
池田正孝 大阪大学大学院医学系研究科病態制御外科学
木下勝之 順天堂大学医学部産婦人科学
木下順弘 熊本大学大学院医学薬学研究部侵襲制御医学
国枝武義 社会福祉法人隅田秋光園内科
小林隆夫 信州大学医学部保健学科
栗山喬之 千葉大学大学院医学研究院加齢呼吸器病態制御学
佐久間聖仁 東北大学大学院医学系研究科循環器病態学
左近賢人 大阪大学大学院医学系研究科病態制御外科学
佐藤 徹 慶應義塾大学医学部呼吸循環器内科学
島居 徹 筑波大学臨床医学系腎泌尿器外科学
白土邦男 東北大学大学院医学系研究科循環器病態学
杉村 基 浜松医科大学医学部産婦人科学
瀬尾憲正 自治医科大学麻酔科学・集中治療医学講座
田中啓治 日本医科大学集中治療室
田邉信宏 千葉大学大学院医学研究院加齢呼吸器病態制御学
中西宣文 国立循環器病センター内科心臓部門
中野 赳 三重大学医学部内科学第一講座
丹羽明博 武蔵野赤十字病院循環器科
宮原嘉之 長崎大学医学部・歯学部附属病院第二内科
宮 史卓 三重大学医学部脳神経外科学
山田典一 三重大学医学部内科学第一講座

作成委員会事務局
中村真潮 三重大学医学部内科学第一講座

外部評価委員
奥山明彦 大阪大学大学院医学系研究科器官制御外科学
加藤紘之 北海道大学大学院医学研究科腫瘍外科学
川上義和 国家公務員共済組合連合会幌南病院
齋藤英彦 国立名古屋病院
杉本恒明 公立学校共済組合関東中央病院
寺尾俊彦 浜松医科大学
平井正文 愛知県立看護大学外科学
古家 仁 奈良県立医科大学麻酔科学

上記の団体名・氏名は五十音順および敬称略にて表記

本ガイドラインダイジェスト版は,日本心臓財団の助成金を受け作成致しました。ここに記して深謝致します。


肺血栓塞栓症/深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)
予防ガイドライン

本ガイドラインの解釈に関する重要な留意事項
 本ガイドラインは,日本人における理想的な静脈血栓塞栓症の予防の推奨を試みており,現時点で入手可能な限りの日本人のデータを収集して,それに基づいて策定した。しかしながら,現存する日本人に関するデータは未だランダム化された試験がほとんどなく,データの信頼性も自ずと低いものとなる。したがって,本ガイドラインは欧米のガイドラインのように十分なエビデンスに基づいたものではなく,静脈血栓塞栓症の予防を考慮する際の1つの指針に過ぎないことを十分念頭に置く必要がある。
 また,仮にエビデンスに基づいた理想的なガイドラインであっても,各々の症例においては複数のリスクが重複してその評価は非常に複雑となり,画一的な静脈血栓塞栓症の予防は容易ではない。さらに,未だ解明されていない先天的な血栓性素因が存在する可能性も十分考えられ,後天的なリスクの評価のみでは静脈血栓塞栓症の完全なる予防は不可能である。
 したがって,個々の症例に対するリスク評価や予防法は,本ガイドラインを参考にしつつも,最終的には主治医がその責任において決定しなければならない。合併症の危険を伴う予防法の施行においては,患者と十分に協議を行い,インフォームド・コンセントを取得することも考慮する。
 さらに,予防と同様に重要であることは,各種疾患や手術・処置においては静脈血栓塞栓症が発症する可能性が十分にあること,および適切な予防法を行っても完全なる発症予防は困難であることを理解し,患者への十分な説明を怠らないことである。加えて,静脈血栓塞栓症が発症した場合の適切な対応が不可欠であることも,銘記する必要がある。
 最後に,本ガイドラインは医療行為を制限するものではなく,本ガイドラインで推奨する予防法を医療従事者に義務づけるものではないことを明記しておく。本ガイドラインを基本にして,各施設が各々の実情に応じた独自のマニュアルを作成して実践することが理想である。


用語および略語の解説

用語の解説
●静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism)
 肺血栓塞栓症の原因のほとんどは深部静脈血栓症であり,また肺血栓塞栓症は深部静脈血栓症の合併症ともいえる。したがって,肺血栓塞栓症と深部静脈血栓症は1つの連続した病態であるとの考えから,これらを併せて「静脈血栓塞栓症」と呼ぶことが多く,欧米では広く浸透した用語である。本ガイドラインにおいて,肺血栓塞栓症と深部静脈血栓症を総合的に示す場合には「静脈血栓塞栓症」と記載する。

略語
ACT:活性化全血凝固時間
APTT:活性化部分トロンボプラスチン時間
DVT:深部静脈血栓症
ES:弾性ストッキング
IPC:間欠的空気圧迫法
NYHA:ニューヨーク心臓協会
PE:肺血栓塞栓症
PT-INR:プロトロンビン時間の国際標準化比

本ガイドラインの対象となる患者および病態
 本ガイドラインは,主に日本人の成人(18歳以上)の入院患者を対象とした静脈血栓塞栓症の一次予防を目的に策定されている。すでに静脈血栓塞栓症が認められる場合の二次予防に関しては言及していない。

本ガイドラインの実施方法
 本ガイドラインでは,疾患や手術(処置)のリスクレベルを低リスク,中リスク,高リスク,最高リスクの4段階に分類し,各々に対応する予防法を推奨した(表1)。対象患者の最終的なリスクレベルは,疾患や手術(処置)そのもののリスクの強さに,付加的な危険因子(表2)を加味して,総合的にリスクの程度を決定する。例えば,強い付加的な危険因子をもつ場合には,それだけでリスクレベルを一段階上げるべきであり,弱い危険因子の場合でも複数個重なればリスクレベルを上げることを考慮する。また,経過中においては,患者の状態の変化に応じてリスクレベルの評価も柔軟に変更しなければならない。

表1 リスクレベルと静脈血栓塞栓症の発生率,および対応する予防法
リスクレベル 下腿
DVT(%)
中枢型
DVT(%)
症候性
PE(%)
致死性
PE(%)
推奨予防法
低リスク 2 0.4 0.2 0.002 早期離床および積極的な運動
中リスク 10〜20 2〜4 1〜2 0.1〜0.4 ESあるいはIPC
高リスク 20〜40 4〜8 2〜4 0.4〜1.0 IPCあるいは低用量未分画ヘパリン
最高リスク 40〜80 10〜20 4〜10 0.2〜5 (低用量未分画ヘパリンとIPCの併用)あるいは
(低用量未分画ヘパリンとESの併用)
(低用量未分画ヘパリンとIPCの併用)や(低用量未分画ヘパリンとESの併用)の代わりに,用量調節未分画ヘパリンや用量調節ワルファリンを選択してもよい。
DVT:深部静脈血栓症,ES:弾性ストッキング,IPC:間欠的空気圧迫法,PE:肺血栓塞栓症


表2 静脈血栓塞栓症の付加的な危険因子の強度
危険因子の強度 危険因子
弱い 肥満
エストロゲン治療
下肢静脈瘤
中等度 高齢
長期臥床
うっ血性心不全
呼吸不全
悪性疾患
中心静脈カテーテル留置
癌化学療法
重症感染症
強い 静脈血栓塞栓症の既往
血栓性素因
下肢麻痺
下肢ギプス包帯固定
血栓性素因:先天性素因としてアンチトロンビン欠損症,プロテインC欠損症,プロテインS欠損症など,後天性素因として,抗リン脂質抗体症候群など。

 最高リスクにおいては抗凝固療法を積極的に推奨している。しかし,出血のリスクが高い場合には理学的予防法のみでの予防も考慮する。
 いずれの予防法の施行時にも,予防法施行による合併症について十分に説明する。特に,抗凝固療法を行う場合は,出血に伴う合併症についてインフォームド・コンセントを得る必要がある。

静脈血栓塞栓症の予防法
1. 予防法の種類(表3)
●早期離床および積極的な運動
 静脈血栓塞栓症の予防の基本となる。臥床を余儀なくされる状況下において早期から下肢の自動他動運動やマッサージを行い,早期離床を目指す。
●弾性ストッキング
 中リスクの患者では静脈血栓塞栓症の有意な予防効果を認めるが,高リスク以上の患者では単独使用での効果は弱い。足首が16〜20mmHgの圧迫圧で,サイズがしっかり合った弾性ストッキングを使用する。着用が容易で不快感が少ないなどの点からハイソックス・タイプがストッキング・タイプより推奨される。弾性ストッキングが足の形に合わない場合や下肢の手術や病変のためにストッキングが使用できない場合には,弾性包帯の使用を考慮する。入院中は,術前術後はもちろん,静脈血栓塞栓症のリスクが続く限り終日着用する。
●間欠的空気圧迫法
 高リスクにも有効であり,特に出血のリスクが高い場合に有用である。カーフポンプ・タイプとフットポンプ・タイプがよく使用されるが,手術の種類など目的により使い分ける。原則として,周術期では手術前あるいは手術中より装着開始,また外傷や内科疾患では臥床初期より装着を開始し,少なくとも十分な歩行が可能となるまで終日装着する。使用開始時に深部静脈血栓症の存在を否定できない場合,すなわち手術後や長期臥床後から装着する場合には,深部静脈血栓症の有無に配慮し十分なインフォームド・コンセントの下に使用して,肺血栓塞栓症の発症に注意を払う。
 下腿の圧迫による総腓骨神経麻痺や区画症候群にも注意して使用する。

●低用量未分画ヘパリン
 8時間もしくは12時間ごとに未分画ヘパリン5,000単位を皮下注射する方法である。高リスクでは単独で有効であり,最高リスクでは理学的予防法と併用して使用する。脊椎麻酔や硬膜外麻酔の前後に使用する場合には,未分画ヘパリン2,500単位皮下注(8時間ないし12時間ごと)に減量することも選択肢に入れる。開始時期は危険因子の種類や強さによって異なるが,出血の合併症に十分注意し,必要ならば手術後なるべく出血性合併症の危険性が低くなってから開始する。通常は凝固能のモニタリングを必要とせず,簡便で安く,安全な方法である。しかし,出血のリスクが懸念される場合には,十分に凝固能を評価しながら使用する。
 抗凝固療法による予防は,少なくとも十分な歩行が可能となるまで継続する。静脈血栓塞栓症のリスクが持続して長期予防が必要な場合,未分画ヘパリンからワルファリンに切り換えて抗凝固療法を継続する。

●用量調節未分画ヘパリン
 APTT(活性化部分トロンボプラスチン時間)の正常値上限を目標として未分画ヘパリンの投与量を調節して,抗凝固作用の効果をより確実にする方法である。最初に約3,500単位の未分画ヘパリンを皮下注射し,投与4時間後のAPTTが目標値となるように,8時間ごとに未分画ヘパリンを前回投与量±500単位で皮下注射する。煩雑な方法ではあるが,最高リスクでは単独使用でも効果がある。

表3 本ガイドラインにおいて推奨する静脈血栓塞栓症の薬物的予防法
種類 施行方法 施行対象
低用量未分画
ヘパリン
8時間もしくは12時間ごとに未分画ヘパリン5,000単位を皮下注射する。脊椎麻酔や硬膜外麻酔の前後では,未分画ヘパリン2,500単位皮下注(8時間ないし12時間ごと)に減量することも考慮する。 高リスクにおいて,単独で使用する。最高リスクでは,間欠的空気圧迫法あるいは弾性ストッキングと併用する。
用量調節未分画ヘパリン 最初に約3,500単位の未分画ヘパリンを皮下注射し,投与4時間後のAPTTが正常上限となるように,8時間ごとに未分画ヘパリンを前回投与量±500単位で皮下注射する。 最高リスクにおいて,
単独で使用する。
用量調節
ワルファリン
ワルファリンを内服し,PT-INRが1.5〜2.5となるように調節する。 最高リスクにおいて,
単独で使用する。
開始時期:疾患ごとに異なるが,出血の合併症に十分注意し,必要ならば手術後(なるべく出血性合併症の危険性が低くなってから)開始する。
施行期間:少なくとも十分な歩行が可能となるまで継続する。血栓形成のリスクが継続し長期予防が必要な場合には,低用量(あるいは用量調節)未分画ヘパリンはワルファリンに切り換えて継続投与することを考慮する。
APTT:活性化部分トロンボプラスチン時間,PT-INR:プロトロンビン時間の国際標準化比

●用量調節ワルファリン
 ワルファリンを内服し,PT-INR(プロトロンビン時間の国際標準化比)が1.5〜2.5となるように調節する方法である。ワルファリン内服開始から効果の発現までに3〜5日間を要するため,術前から投与を開始したり,投与開始初期には他の予防法を併用したりする。PT-INRのモニタリングを必要とする欠点はあるが,最高リスクにも単独で効果があり,安価で経口薬という利点を有する。

2. 抗凝固療法の合併症への対応
●未分画ヘパリン
 合併症として最も重要であるのは出血である。ほとんどの出血は未分画ヘパリンの中止と局所圧迫および適当な輸血により対応が可能である。しかし,生命を脅かす恐れがある出血の場合,硫酸プロタミンにより未分画ヘパリンの効果を中和させる必要がある。抗凝固療法の継続が困難となった場合の代替の予防法は,静脈血栓塞栓症のリスクが高い場合には間欠的空気圧迫法を,またすでにリスクが低下した場合には弾性ストッキングを選択する。出血以外の合併症では,ヘパリン起因性血小板減少症II型が重要である。ヘパリン起因性血小板減少症II型では,血小板減少に伴い出血ではなく重篤な動静脈血栓が生じる恐れがある。治療の原則は未分画ヘパリンの中止である。そのため代替の抗凝固薬が必要となる。わが国では,保険適用はないがアルガトロバンが代替薬としてあげられる。

●ワルファリン
 ワルファリンも最も重要な合併症は出血である。生命を脅かす出血でPT-INRが延長している場合には,血漿輸血により凝固欠損を直ちに補正しつつ,ビタミンK 10〜25mgを静脈注射する。

●その他の予防法
 本ガイドラインでは,アスピリンおよびデキストランは積極的には推奨しない。また,低分子量ヘパリンは欧米においては静脈血栓塞栓症の予防効果が高く評価されているが,本ガイドラインでは,保険承認薬剤(すなわち,未分画ヘパリンとワルファリン)を原則的に推奨する。

静脈血栓塞栓症予防と局所麻酔
1. 低用量未分画ヘパリン
 低用量(5,000単位皮下注,8時間あるいは12時間ごと)では,脊椎麻酔・硬膜外麻酔は禁忌でないが,以下のことに注意する。
 
1) 刺入操作は未分画ヘパリン投与から4時間空ける。高濃度未分画ヘパリン皮下注(ヘパリンカルシウム)では,投与後10時間は空ける。
2) 未分画ヘパリン投与は刺入操作から1時間空ける。
3) カテーテル抜去は未分画ヘパリン投与の1時間前,または最終投与から2〜4時間後に行う。高濃度未分画ヘパリン皮下注(ヘパリンカルシウム)では,最終投与から10時間は空ける。

2. ワルファリン
 ワルファリン投与中の患者が脊椎麻酔や硬膜外麻酔を受ける場合は,PT-INRを測定して抗凝固状態を評価し,以下のことに注意する。
 
1) 長期にワルファリン投与を受けている患者は,基本的には手術前3〜4日前に投与を中止する。抗凝固療法の継続が必要であれば未分画ヘパリン10,000〜15,000単位/日に変更する。未分画ヘパリン投与は脊椎麻酔や硬膜外麻酔施行2〜4時間前に中止する。ブロックの直前にPT-INR<1.5,あるいはACT(活性化全血凝固時間)<180秒であることを確認する。
2) その他の止血機構に影響を与える薬物を併用している場合,PT-INRでは抗凝固状態が測定できないので,個々に検討する。
3) 手術直前にワルファリン療法が開始された患者では,初回投与が術前24時間以前の場合,あるいは2回目の投与がすでに行われている場合,ブロック直前にPT-INRを測定し抗凝固状態を評価する。
4) ワルファリン投与を硬膜外ブロック中に受けている患者では,ワルファリン投与が術前36時間以前から行われていれば,PT-INRの測定をカテーテル抜去まで繰り返し行い抗凝固状態を評価する。
5) カテーテルの抜去はPT-INR<1.5で行う。
6) 硬膜外ブロック中にPT-INR>3となった場合は,ワルファリン投与を中断するか,減量する。

一般外科手術における静脈血栓塞栓症の予防
リスクレベル 一般外科(胸部外科を含む)手術 予防法
低リスク 60歳未満の非大手術
40歳未満の大手術
早期離床および積極的な運動
中リスク 60歳以上あるいは危険因子がある
非大手術
40歳以上あるいは危険因子がある
大手術
弾性スットッキング
あるいは
間欠的空気圧迫法
高リスク 40歳以上の癌の大手術 間欠的空気圧迫法
あるいは
低用量未分画ヘパリン
最高リスク (静脈血栓塞栓症の既往あるいは
血栓性素因)のある大手術
(低用量未分画ヘパリンと間欠的空気圧迫 法の併用)
あるいは
(低用量未分画ヘパリンと弾性ストッキングの併用)
(低用量未分画ヘパリンと間欠的空気圧迫法の併用)や(低用量未分画ヘパリンと弾性ストッキングの併用)の代わりに,用量調節未分画ヘパリンや用量調節ワルファリンを選択してもよい。
血栓性素因:先天性素因としてアンチトロンビン欠損症,プロテインC欠損症,プロテインS欠損症など,後天性素因として,抗リン脂質抗体症候群など。

1. 一般外科(胸部外科を含む)周術期における静脈血栓塞栓症に対する予防は,手術の大きさ,年齢,危険因子(癌,静脈血栓塞栓症の既往,血栓性素因,高脂血症,糖尿病,ホモシステイン尿症,夜間発作性血色素尿症,妊娠,経口避妊薬服用,うっ血性心不全,骨髄増殖性疾患,ネフローゼ症候群,抗癌剤治療など)をもとに4段階のリスクレベルに階層化され,それに応じた予防法が推奨される。
2. 厳密な定義はないが,大手術とはすべての腹部手術あるいはその他の45分以上要する手術を基本とし,麻酔法,出血量,輸血量,手術時間などを参考として総合的に評価する。
3. 抗凝固療法,特にその開始時期は個々の症例の状況により裁量の範囲が広い。手術前日の夕方,手術開始後,あるいは手術終了後から開始する場合があるが,静脈血栓塞栓症のリスクと出血のリスクを勘案して,抗凝固療法の開始時期を決定する。
4. 離床後あるいは退院後も抗凝固療法が必要と判断された場合には,ワルファリンによる予防を継続する。

泌尿器科手術における静脈血栓塞栓症の予防
リスクレベル 泌尿器科手術 予防法
低リスク 60歳未満の非大手術
40歳未満の大手術
早期離床および積極的な運動
中リスク 60歳以上あるいは危険因子がある
非大手術
40歳以上あるいは危険因子がある
大手術
弾性ストッキング
あるいは
間欠的空気圧迫法
高リスク 40歳以上の癌の大手術 間欠的空気圧迫法
あるいは
低用量未分画ヘパリン
最高リスク (静脈血栓塞栓症の既往あるいは
血栓性素因)のある大手術
(低用量未分画ヘパリンと間欠的空気圧迫法の併用)
あるいは
(低用量未分画ヘパリンと弾性ストッキングの併用)
(低用量未分画ヘパリンと間欠的空気圧迫法の併用)や(低用量未分画ヘパリンと弾性ストッキングの併用)の代わりに,用量調節未分画ヘパリンや用量調節ワルファリンを選択してもよい。
血栓性素因:先天性素因としてアンチトロンビン欠損症,プロテインC欠損症,プロテインS欠損症など,後天性素因として,抗リン脂質抗体症候群など。

1. 原則としては,一般外科手術のリスク分類および予防法に準ずる。
2. 手術の大きさに厳密な定義はないが,大手術とは 1)すべての腹部,骨盤部の手術,2)45分以上の腹部以外(陰嚢,陰茎など)の手術(経尿道的手術を含む)を基準として,麻酔法,出血量,輸血量,手術時間などを参考として総合的に評価する。
3. 低リスクの泌尿器科手術を受ける患者においては早期離床,歩行開始を促すのみとし,特別な予防法を推奨しない。
4. 前立腺全摘術や膀胱全摘術は高リスクとみなし,間欠的空気圧迫法あるいは抗凝固療法を選択する。
5. 癌以外の疾患に対する骨盤手術も中リスク以上とみなし,少なくとも弾性ストッキングあるいは間欠的空気圧迫法を選択する。
6. 経尿道的手術のリスクはそれほど高くないとされるが,疾患の種類,手術時間などを参考にし,中リスク以上と判断される場合は弾性ストッキングあるいは間欠的空気圧迫法を選択する。
7. 腎手術などの腹部泌尿器科手術では,骨盤泌尿器科手術に準じた予防法を選択する。

婦人科手術における静脈血栓塞栓症の予防
リスクレベル 産婦人科手術 予防法
低リスク 30分以内の小手術 早期離床および積極的な運動
中リスク 良性疾患手術
(開腹,経膣,腹腔鏡)
悪性疾患で良性疾患に準じる手術
ホルモン療法中の患者に対する
手術
弾性ストッキング
あるいは
間欠的空気圧迫法
高リスク 骨盤内悪性腫瘍根治術
(静脈血栓塞栓症の既往あるいは
血栓性素因のある)良性疾患手術
間欠的空気圧迫法
あるいは
低用量未分画ヘパリン
最高リスク (静脈血栓塞栓症の既往あるいは
血栓性素因のある)悪性腫瘍根治術
(低用量未分画ヘパリンと間欠的空気圧迫法の併用)
あるいは
(低用量未分画ヘパリンと弾性ストッキングの併用)
(低用量未分画ヘパリンと間欠的空気圧迫法の併用)や(低用量未分画ヘパリンと弾性ストッキングの併用)の代わりに,用量調節未分画ヘパリンや用量調節ワルファリンを選択してもよい。
血栓性素因:先天性素因としてアンチトロンビン欠損症,プロテインC欠損症,プロテインS欠損症など,後天性素因として,抗リン脂質抗体症候群など。

1. 原則としては,一般外科手術のリスク分類および予防法に準ずるが,婦人科特有の疾患として上記表のようにリスク分類を行う。
2. 婦人科特有の危険因子としては,巨大子宮筋腫手術,巨大卵巣腫瘍手術,卵巣癌手術,子宮癌手術,骨盤内高度癒着の手術,卵巣過剰刺激症候群,ホルモン補充療法施行婦人などがあげられる。
3. 手術予定患者だけでなく一般女性においても,静脈血栓塞栓症の高リスク女性に対する経口避妊薬投与やホルモン補充療法は,代替治療法を選択するなど十分な注意を払う。

産科領域における静脈血栓塞栓症の予防
リスクレベル 産科領域 予防法
低リスク 正常分娩 早期離床および積極的な運動
中リスク 帝王切開術(高リスク以外) 弾性ストッキング
あるいは
間欠的空気圧迫法
高リスク 高齢肥満妊婦の帝王切開術
(静脈血栓塞栓症の既往あるいは
血栓性素因のある)経膣分娩
間欠的空気圧迫法
あるいは
低用量未分画ヘパリン
最高リスク (静脈血栓塞栓症の既往あるいは
血栓性素因のある)帝王切開術
(低用量未分画ヘパリンと間欠的空気圧迫法の併用)
あるいは
(低用量未分画ヘパリンと弾性ストッキングの併用)
(低用量未分画ヘパリンと間欠的空気圧迫法の併用)や(低用量未分画ヘパリンと弾性ストッキングの併用)の代わりに,用量調節未分画ヘパリンや用量調節ワルファリンを選択してもよい。
血栓性素因:先天性素因としてアンチトロンビン欠損症,プロテインC欠損症,プロテインS欠損症など,後天性素因として,抗リン脂質抗体症候群など。

1. 静脈血栓塞栓症の家族歴・既往歴,抗リン脂質抗体陽性,肥満・高齢妊娠等の帝王切開術後,長期安静臥床(重症妊娠悪阻,卵巣過剰刺激症候群,切迫流早産,重症妊娠中毒症,前置胎盤,多胎妊娠などによる),常位胎盤早期剥離の既往,著明な下肢静脈瘤などは,高リスク妊婦と考えられる。
2. 合併症その他で長期にわたり安静臥床する妊婦に対しては,ベッド上での下肢の運動を積極的に勧めるが,絶対安静で極力運動を制限せざるを得ない場合は弾性ストッキング着用あるいは間欠的空気圧迫法を行う。
3. 長期安静臥床後に帝王切開を行う場合には,術前に静脈血栓塞栓症のスクリーニングを考慮する。
4. 静脈血栓塞栓症の既往および血栓性素因を有する妊婦に対しては,妊娠初期からの予防的薬物療法が望ましい。未分画ヘパリン5,000単位皮下注射を1日2回行う。ワルファリンは催奇形性のため,妊娠中は原則として投与しない方がよい。分娩に際しては,陣痛が発来したら一旦未分画ヘパリンを中止し,分娩後止血を確認後できるだけ早期に未分画ヘパリンを再開し,引き続きワルファリンに切り換える。

整形外科手術における静脈血栓塞栓症の予防
リスクレベル 整形外科手術 予防法
低リスク 上肢手術 早期離床および積極的な運動
中リスク 脊椎手術
骨盤・下肢手術
(股関節全置換術,膝関節全置換術,
股関節骨折手術を除く)
弾性ストッキング
あるいは
間欠的空気圧迫法
高リスク 股関節全置換術
膝関節全置換術
股関節骨折手術
間欠的空気圧迫法
あるいは
低用量未分画ヘパリン
最高リスク 「高」リスクの手術を受ける患者に,
静脈血栓塞栓症の既往,血栓性素
因が存在する場合
(低用量未分画ヘパリンと間欠的空気圧迫法の併用)
あるいは
(低用量未分画ヘパリンと弾性ストッキングの併用)
(低用量未分画ヘパリンと間欠的空気圧迫法の併用)や(低用量未分画ヘパリンと弾性ストッキングの併用)の代わりに,用量調節未分画ヘパリンや用量調節ワルファリンを選択してもよい。
血栓性素因:先天性素因としてアンチトロンビン欠損症,プロテインC欠損症,プロテインS欠損症など,後天性素因として,抗リン脂質抗体症候群など。

骨盤,下肢手術後においては,早期離床や積極的な運動に加え,早期荷重が重要である。

人工股関節全置換術,
人工膝関節全置換術,
股関節骨折手術
1. 股関節骨折手術については,理想的な予防法がないため,上記の表を参考として個々の症例に応じた予防法を考慮する。
2. 股関節骨折は,受傷直後より深部静脈血栓症が発生する可能性があり,早期手術,早期離床が非常に重要である。
3. 間欠的空気圧迫法を手術後に使用する場合は深部静脈血栓症の有無を事前に確認すべきであるが,それが困難である場合にはインフォームド・コンセントを取得してから施行し,また肺血栓塞栓症の発症に十分注意を払うべきである。

脊椎手術,骨盤・下肢手術(人工股関節全置換術,
人工膝関節全置換術,股関節骨折手術を除く)
1. 弾性ストッキングや間欠的空気圧迫法が装着困難な下腿骨折は,早期手術,早期離床,早期荷重に努める。
2. キアリ骨盤骨切り術や寛骨臼回転骨切り術は,人工股関節全置換術に準じて予防を施行した方がよい。
3. 脊椎手術は血腫による神経麻痺が発生する可能性があり,予防的な抗凝固療法は現状では推奨できない。

上肢手術
上肢手術は遅くとも翌日には離床できるため,特別な血栓予防は必要ない。

脳神経外科手術における静脈血栓塞栓症の予防
リスクレベル 脳神経外科手術 予防法
低リスク 開頭術以外の脳神経外科手術 早期離床および積極的な運動
中リスク 脳腫瘍以外の開頭術 弾性ストッキング
あるいは
間欠的空気圧迫法
高リスク 脳腫瘍の開頭術 間欠的空気圧迫法
あるいは
低用量未分画ヘパリン
最高リスク (静脈血栓塞栓症の既往や
血栓性素因のある)脳腫瘍の開頭術
(低用量未分画ヘパリンと間欠的空気圧迫法の併用)
あるいは
(低用量未分画ヘパリンと弾性ストッキングの併用)
(低用量未分画ヘパリンと間欠的空気圧迫法の併用)や(低用量未分画ヘパリンと弾性ストッキングの併用)の代わりに,用量調節未分画ヘパリンや用量調節ワルファリンを選択してもよい。
血栓性素因:先天性素因としてアンチトロンビン欠損症,プロテインC欠損症,プロテインS欠損症など,後天性素因として,抗リン脂質抗体症候群など。

1. 大量のステロイドを併用する場合には,さらにリスクが高くなるものと考える。
2. 低用量未分画ヘパリンでの予防は,手術後なるべく出血性合併症の危険性が低くなってから開始する。特に頭蓋内での出血は重篤な障害を招く可能性があるため,手術後の止血をCTなどにより十分確認の後,投与開始するのが望ましい。
3. 出血の危険性が高い高リスクの手術では,間欠的空気圧迫法を用いることができない場合に,弾性ストッキング単独での予防も許容される。
4. 最高リスクにおいては抗凝固療法が基本となるが,出血の危険が高い場合には,止むを得ず間欠的空気圧迫法で代替することも考慮する。

重度外傷,脊髄損傷,熱傷における静脈血栓塞栓症の予防
リスクレベル 重度外傷,脊髄損傷 予防法
低リスク 早期離床および積極的な運動
中リスク 弾性ストッキング
あるいは
間欠的空気圧迫法
高リスク 重度外傷,運動麻痺を伴う
完全または不完全脊髄損傷
間欠的空気圧迫法
あるいは
低用量未分画ヘパリン
最高リスク (静脈血栓塞栓の既往や
血栓性素因のある)「高」リスクの
重度外傷や脊髄損傷
(低用量未分画ヘパリンと間欠的空気圧迫法の併用)
あるいは
(低用量未分画ヘパリンと弾性ストッキングの併用)
(低用量未分画ヘパリンと間欠的空気圧迫法の併用)や(低用量未分画ヘパリンと弾性ストッキングの併用)の代わりに,用量調節未分画ヘパリンや用量調節ワルファリンを選択してもよい。
血栓性素因:先天性素因としてアンチトロンビン欠損症,プロテインC欠損症,プロテインS欠損症など,後天性素因として,抗リン脂質抗体症候群など。

重度外傷
1. 重度外傷,特に,多発外傷,意識障害の遷延する頭部外傷,運動麻痺を伴う脊椎骨折や脊髄損傷,重症骨盤骨折,多発性または複雑な下肢骨折は,静脈血栓塞栓症の高リスク群である。
2. 主要臓器損傷があり,止血が完了していないか再出血による合併症が懸念される時期においては,弾性ストッキングの着用や間欠的空気圧迫法を行う。
3. 下肢の外傷などで機械的な予防ができない場合は,出血の危険がなくなり次第,低用量未分画ヘパリンを開始する。
4. 抗凝固療法の禁忌となるような出血がない場合,高リスク群では受傷部位の一次止血が確認されれば,低用量未分画ヘパリンを開始する。一次止血が確認されるまでの期間,および抗凝固療法が禁忌の場合には,弾性ストッキング装着や間欠的空気圧迫法を施行する。

脊髄損傷
1. 脊椎周囲に血腫のある場合は,短期的に抗凝固療法は禁忌となる。
2. 脊髄損傷患者は知覚障害があるため,長期の間欠的空気圧迫法の使用は潰瘍などの皮膚障害を引き起こす可能性があり,避けるべきである。
3. 静脈血栓塞栓症の予防は可能な限り続ける必要がある。

熱傷
● 熱傷患者の静脈血栓塞栓症の予防に関するエビデンスは乏しいが,下肢外傷,高齢,広範囲の熱傷,肥満,長期臥床,中心静脈カテーテル留置などの危険因子が存在する場合には,その予防を検討すべきである。

内科領域における静脈血栓塞栓症の予防
1. 内科領域では,原則として臥床を要する症例を予防対象とする。手術を行わない症例を対象にしているため,表4に示したように,各症例が有する基本リスクとそこに加わる急性疾患に伴う急性リスクの組み合わせでリスクの程度を判断し,表1の各リスクレベルの予防法に準じて適切な予防法を選択する。
2. 脳卒中は強い危険因子とみなして予防を行うが,出血性脳血管障害患者などの抗凝固療法禁忌例に対しては,理学的予防法を選択する。
3. 心筋梗塞は中程度の危険因子とみなされ,十分に歩行可能となるまで抗凝固療法が継続されない場合には,弾性ストッキングあるいは間欠的空気圧迫法を施行する。
4. うっ血性心不全患者は中程度の危険因子とみなすが,弾性ストッキングや間欠的空気圧迫法の使用は静脈還流量が増加し病態増悪が危惧されるため十分注意して使用し,症例によっては低用量未分画ヘパリンの使用を考慮する。
5. カテーテル検査・治療後の静脈血栓塞栓症の発症は稀ではなく,穿刺部位の止血のための圧迫を必要以上に長時間行うことは避け,安静時間の短縮を図る。また,静脈血栓塞栓症のリスクの高い症例では,大腿静脈等といった下肢からの中心静脈カテーテル留置はできる限り避ける。
6. 内科集中治療室症例では危険因子が重複することが多く,リスクの程度に応じた静脈血栓塞栓症の予防を行うべきである。

表4 内科領域における危険因子の強度
基本リスク 急性リスク
弱い 肥満,喫煙歴,下肢静脈瘤,脱水
ホルモン補充療法,経口避妊薬服用
人工呼吸器が不要な慢性閉塞性肺疾患の急性増悪
中程度 70歳以上の高齢,長期臥床
進行癌,妊娠
中心静脈カテーテル留置
ネフローゼ症候群
炎症性腸疾患,骨髄増殖性疾患
感染症(安静臥床を要する)
人工呼吸器が必要な慢性閉塞性肺疾患
敗血症
心筋梗塞
うっ血性心不全(NYHA分類 III,IV度)
強い 静脈血栓塞栓症の既往
血栓性素因
下肢麻痺
麻痺を伴う脳卒中
血栓性素因:先天性素因としてアンチトロンビン欠損症,プロテインC欠損症,プロテインS欠損症など,後天性素因として,抗リン脂質抗体症候群など。
NYHA:ニューヨーク心臓協会
肺血栓塞栓症/深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)予防ガイドライン作成委員会 本書の無断複製・転載を禁じます。 『本ガイドラインは「肺血栓塞栓症/深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)予防ガイドライン作成委員会,肺血栓塞栓症/深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)予防ガイドライン(ダイジェスト版),東京,Medical Front International Limited, 2004.」より全文引用した』