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血友病家庭注射療法のガイドライン(2003年版)
日本血栓止血学会 血友病標準化検討部会編
日笠 聡、新井 盛夫、嶋 緑倫、白幡 聡、高田 昇、高松 純樹、
瀧 正志、花房 秀次、福武 勝幸、三間屋 純一、吉岡 章 連絡先:新井盛夫 東京医科大学臨床検査医学 〒160-0023 東京都新宿区西新宿6-7-1 電話:03-3342-6111 FAX:03-5320-8816 I. はじめに
血友病の在宅自己注射療法(家庭療法)は、凝固因子製剤による早期止血や定期注射による血友病性関節症などの慢性障害を防止することを目的に1983年に認可され、現在では全国に広く普及している。しかし、家庭療法の導入基準はもとより、患者教育、遵守事項、管理項目に関して施設間に差違がある上、患者が備えるべき関連知識や注射技術の顕著な格差も生じている。また、認可当初に比較して、医療施設側の家庭療法に対する定期的な管理や評価が不十分になっている可能性も指摘されている。さらに1996年からは、インヒビター保有患者のバイパス止血療法に関しても家庭療法が認められており、バイパス止血療法の特殊性に留意した指針が求められている。日本血栓止血学会血友病標準化検討部会では、これらの問題点を再度整理し、標準化することで家庭療法からの脱落や逸脱を防ぎ、さらに安全で効果的な血友病止血治療を推進させるために、家庭療法の基本ガイドラインを作成した。本ガイドラインでは、臨床実地に即した対応ができるように、主に医療施設側の管理上の項目を箇条書きにして示した。なお、本ガイドラインは必要に応じて随時変更し、本誌上で更改される。
II. 家庭療法に関する従来のマニュアル、ガイドラインおよび教育資料
これまで血友病家庭療法の教育には、東京医科大学臨床検査医学科および荻窪病院小児科が中心となって編集し、バクスター株式会社1)あるいは日本赤十字社2)が発行するホームインフュージョン教育マニュアル(図1)が広く使用されてきた。また、1993年には厚生省健康政策局と日本医師会が監修し、在宅自己注射法マニュアル等作成委員会が編集した在宅自己注射(血友病・下垂体小人症)ガイドライン3)とマニュアル4)が発行されている(図2)。これらのマニュアルやガイドラインは、いずれも現在入手が困難となっており、また内容や体裁も古くなり改訂が望まれている。
家庭療法が開始された1983年頃には、図3に示すような血友病教育プログラム、患者・家族テキストと、そのテキストに応じた自己評価問題とその解答5)をセットにした冊子も発行されていた。これは米国のNational Hemophilia Foundation(NHF)とThe World Federation of Hemophilia(WFH)のプログラムを参考に荻窪病院小児科で作成された。内容はかなり詳細で、当時慎重に家庭療法が導入されていたことが伺える。この冊子は現在入手が不可能であるが、広島県ヘモフィリア友の会のウェブサイト(http://www.aaieba.gr.jp/)には、血友病に関する様々な基礎知識あるいは補充療法・家庭療法に関する知識を問う問題とその解答が掲載されている。 III. 家庭療法の現状と問題
現在、家庭療法を行っている患者やその家族の中には、初期の教育を医師や看護師から受けていない例や、血友病の病態、臨床症状とその対応、遺伝形式、自己注射の手技等、教育内容の一部しか教育されていない例が見受けられる。このため、製剤の注射量が極端に少ない例、逆に多過ぎる例、出血部位や出血の程度に関わらず注射量や注射回数が固定されている例、出血してから輸注するまでの時間が長い例、必要な連続注射を行っていない例など、家庭療法の実際が不適切と思われる事例がある。中には家庭療法を管理していく上で必要な輸注記録をつける習慣すらない例も少なくない。
一方、医療施設側の家庭療法上の管理や記録の保存が認可当初に比較して、不十分になっている可能性も指摘されている。家庭療法は一度開始すると、患者の生涯に渡り継続することが原則になる。その間には患者の成長や身体的ならびに環境の変化が予測される。また住居の移動に伴い医療施設を移る可能性もある。血友病医療における医療者と患者の関係は長期に渡り、時に両者間には、ある種の「馴れ」が生まれることもある。その結果、ともすると医療者は、患者の家庭療法を客観的に評価し記録することを省略しがちになる。長期に渡る、定期的な教育水準や注射技術の確認や再評価に関しては、当初は十分な配慮がなされておらず、基準なども設けられていなかった。 製剤の安全性や取り扱い上の利便性が向上したことも相まって、幼少時から本療法を開始した若年層の血友病患者には、血友病性関節症等の慢性障害は着実に少なくなっている。しかしながら、現在の家庭療法は、以上のように不確実、不十分な問題点を抱えたまま行われているのも事実である。 IV. 基本ガイドライン
表1から表9に示す基本ガイドラインは、これまで使われてきたマニュアルやガイドラインの内容を大きく刷新するものではない。また、各施設で用いてられているマニュアルや教育資料、輸注記録表を統一させることを目的とはしていない(表1)。
むしろ、最小限必要な項目を列挙することで、標準化を進めていくことを第一義的に構成した。血友病診療施設においては、本ガイドラインの各項目を確認し、用いられている資料に適宜追加補足されることを期待したい。 凝固因子補充療法の方法(表2)は、出血時の補充療法、定期補充療法、予備的補充療法に大別して記載した。現在わが国における家庭療法は、出血時の補充療法や予備的補充療法が主体である。今後は、一次定期注射も含めた効果的な定期補充療法が普及し、血友病患者が生涯にわたり合併症の危険から解放されることが望ましい。日本小児血液学会の血友病委員会(委員長:吉岡 章、奈良県立医科大学小児科教授)では、定期補充療法に関する前方視的研究の計画を進めている(担当:瀧 正志、聖マリアンナ医科大学小児科助教授)。今後は日本血栓止血学会の当検討部会が相互協力し、定期補充療法の普及に努めたい。 家庭療法の教育(表5)に関しては、各施設で各種の資料や冊子が用いられていると想像される。本項目に関しては、教育内容の詳細はあえて省き、必要項目のキーワードの列挙に留めた。詳細に関しては、ある程度の自由度をもって、各施設で適宜既存の資料などを用いて教育されることを期待するものである。基本的知識は多項目に渡るため、患者の年齢によっては、すべての理解を求めるのは難しいこともある。また、2.の「注射の実技と製剤の管理」を習得した上で、家庭療法をまず導入し、追って1.の「基本的知識」の教育を深めていくことも考えられる。そこで、基本的知識の中の必要最低限の項目をアンダーラインで示した。注射の実技と製剤の管理はすべて必須項目とした。 輸注記録表も施設ごとに様々な様式が用いられているが、本ガイドラインでは、記録表に記録すべき必要最低限の項目を列挙した(表7)。近年、各製剤の外箱には、ロット番号が示されたシールが3枚添付されている。輸注記録表のロット番号欄に書き写す代わりに、これらのシールを貼り付けることが可能である。新しい項目としては、処方された製剤量と家庭内の在庫量を記入する項目を設けた。これは既存の輸注記録表には、おそらく取り上げられることの少なかった項目である。患者や家族が、貴重な凝固因子製剤を自己管理する意識を高める上で必要であり、また、医療者側の薬剤の出納記録としても重要になる。 家庭療法の継続と管理(表8)は新規の事項である。長い年月に渡って、家庭療法の質を維持するためには、医療者側が主体的に管理基準を遵守し、評価していく必要がある。患者の受診頻度は、一般的なものとして、「最低3か月毎」(表4)としたが、個々の患者の状況や実績に応じて適宜定められるものであろう。輸注記録表は定期受診時などに患者が持参する。そこで主治医は、個々の記録を遡って患者と共に確認し、評価やコメントを加えたうえで、その記録を患者と医師でそれぞれ保存することが望ましい。製剤の処方量は、製剤使用頻度、来院頻度、冷蔵庫の保存スペースなどにより、患者毎にある程度定まってくる。1ヶ月分の平均使用量を基準とし、多くとも定期受診の間に使用する量を限度とする。製剤の出納に関して、出庫量はカルテに記載した処方量で把握はできるが、家庭での在庫量はわかりにくい。したがって、出納管理は患者の輸注記録表などで行うことが望ましい。 家庭療法の長期継続管理(表8)に関しては、5年を目安に、あるいは患者の発達段階に応じて見直す機会を設けることが望ましい。小学校入学時や中学校入学時など、あるいは父母などによる注射から自己注射に移行する時期などが見直す機会としては相応しい。それらの際には、改めて、適応基準(表3)、遵守事項(表4)、知識や技術(表5)の確認を行う。問題点があれば十分に説明と指導を行い、時には再教育も必要になる。近年、重症型の血友病の場合は家庭療法の導入を低年齢から開始することがある。この場合、家庭注射の教育は患者本人よりも母親あるいは父親を対象に行われることになる。患者の成長にともない、家庭療法は親から患者本人へと受け継がれていくことになるが、この時期に医療者による本人への教育がなされない場合は、教育項目の一部が抜け落ちる可能性がある。家庭療法の定期的な更新が必要な理由はここにもあり、その時の患者の年齢、理解度に合わせた教育が必要とされる。 最後に、家庭療法を実施する医療機関のありかたにつき、大枠を示した(表9)。家庭療法実施医療機関としては、血友病患者を積極的に診療している医師と看護師がそれぞれ1名以上常勤しており、整形外科、リハビリテーション科、口腔外科を含む他科との医療連携により、血友病の合併症を包括的に診療できる体制の整った、入院施設のある総合病院(基幹病院)であることが望ましい。基幹病院では凝固因子製剤を常備し、外来処方ができ、家庭療法に関する教育プログラムを含めた管理体制が整っていることが必要である。また、患者の心理的・社会的な相談や遺伝相談に対し、医療ソーシャルワーカーや医師が対応できる体制をもつことが望ましい。患者団体との良好な連携を維持することも求められる。 基幹病院で教育を受けて家庭療法が導入された患者は、基本的にその病院で治療管理を継続することになる。しかし、自宅が基幹病院の遠隔地にある場合などには、協力的な近医(協力医)に家庭療法の一部の機能を委託することがある。また、血友病の患者を初めに診断し治療を継続している診療所や病院(二次医療施設)では、家庭療法を導入する体制が整備されていない場合には、いったん基幹病院に教育などを委任し、その後の日常管理を二次医療施設で継続することもできる。これらの患者が、休日や夜間に診療が必要な際や緊急時には、直接基幹病院を受診するか、その担当医の指示を受けられる体制にしておくことが肝要である。また協力医や二次医療施設の担当医も、血友病診療上の疑問点や問題が生じた際には、基幹病院に遅滞なく連絡・相談できる関係を維持する必要がある。 V. インヒビター保有患者の家庭バイパス療法
インヒビター保有患者の止血管理は、未だすべての場合に対応できる方法はなく、血友病医療のなかでも難題とされる。家庭療法が認められた1983年の時点では、即時性の副作用が比較的少なく、用量依存性の止血効果が期待できる補充療法を、患者と家族に委嘱することが目的であった。インヒビター保有患者のバイパス療法に関しては、即時型のアレルギー反応や血栓性の副作用の可能性があり、止血効果の確実性に問題があったために、多くの施設では家庭療法には当面そぐわないと考えていた。ところが、ある種のバイパス製剤の止血効果が安定して期待できるインヒビター保有患者の中では、バイパス製剤の家庭療法の施行を求める声が高まって来た。それらを受けて、1996年にはバイパス製剤を用いた家庭療法も認可され、インヒビター保有患者の止血管理も現在では病院を離れて行うことのできる環境にある。
現在わが国で使用可能なバイパス製剤は、プロプレックスST、ファイバ、オートプレックス、ノボセブンの4製剤である。これらの家庭療法導入に際しては、前述した家庭療法の基本ガイドラインを遵守した上で、上記の潜在的な問題点を十分に配慮する必要がある。表10には、すべてのバイパス製剤に共通する注意事項を掲げた。家庭でのバイパス療法では、止血効果が不十分であった時の判断と、基幹病院への連絡体制はさらに重要になる。止血効果を認めないまま、漫然とバイパス製剤を反復注射することは、出血症状が増悪する上、副作用を惹起する可能性があり、高価な製剤の空費を避けるうえでも好ましくない。各製剤の用法・用量を考慮した家庭療法での使用プロトコールを、表11から表14に示した。基幹病院の担当医には、これらを基準にした上で、各インヒビター保有患者に合わせた注射法を考案することが望まれる。 文献
1)TOHC・TMC GROUP:血友病教育プログラム(ホームインフュージョン教育マニュアル)、東京、株式会社ミクプランニング、1983
2)福武勝幸、稲垣稔、福江英尚、西田恭治:血友病教育プログラム(ホームインフュージョン教育マニュアル)、東京、日本赤十字社、1994 3)在宅自己注射法マニュアル等作成委員会:在宅自己注射法(血友病、下垂体性小人症)ガイドライン 医療者用、東京、財団法人 総合健康推進団、1993 4)在宅自己注射法マニュアル等作成委員会:在宅自己注射法(血友病)マニュアル 患者・介護者用、東京、財団法人 総合健康推進団、1993 5)稲垣稔:血友病教育プログラム 患者・家族テキスト NFH-WFH-TOHC MODEL、東京、武蔵野会出版部、1982 図1.血友病教育プログラム(ホームインフュージョン教育マニュアル) 図2.在宅自己注射法(血友病、下垂体性小人症)ガイドラインと在宅自己注射法(血友病)マニュアル 図3.血友病教育プログラム 患者・家族テキスト NFH-WFH-TOHC MODEL 表 1〜9
表1.家庭療法の目的、意義
表2.凝固因子補充療法の方法(インヒビター保有症例を除く)
表3.家庭療法の適応基準
表4.患者や家族の遵守事項
表5.家庭療法の教育項目(下線のは必須項目)
表6.家庭療法の認可
表7.輸注記録表の記載項目
表8.家庭療法の継続・管理:(以下の項目を定期的に確認してカルテに記載する)
表9. 家庭療法実施医療機関のありかた
表10.バイパス製剤による家庭療法に共通する留意事項
表11.プロプレックスSTによる家庭療法のプロトコール
表12.ファイバによる家庭療法のプロトコール
表13.オートプレックスによる家庭療法のプロトコール
表14.ノボセブンによる家庭療法のプロトコール
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